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レジェンド漫才師ザ・ぼんちが語る“執念の漫才人生”

新しい未来のテレビ「ABEMA(アベマ)」は、過去に大きな失敗をやらかした“しくじり先生”たちが自らのしくじった経験をさらけ出し、人生の教訓を伝授してくれる反面教師バラエティ『しくじり先生 俺みたいになるな!!』の最新話を4月3日(金)夜9時30分より放送した。

4月3日(金)の放送回では、漫才界の“レジェンド”ザ・ぼんち(ぼんちおさむ、里見まさと)による授業、「漫才ブームに踊らされた芸人の急転落しくじり」後半戦をお届け。漫才ブームの波に飲まれコンビを解散した後、まさと先生に待ち受けていた“どん底時代”を振り返った。

コンビ解散後、まさと先生は「2年くらい、本当に年間100万円くらいでずっとおりました」と語り、税務署から「よくこれで生活してますね」と言われるほどの転落を味わったと明かす。一方で、相方のおさむ先生は俳優として成功を収めていたといい、まさと先生は「複雑やわね」「いよいよ私はどこへ行くんだ」と当時の心境を回顧。

そんな中、「1回だけ自分の先祖の墓石を抱いて、『お父ちゃん、俺もうこのままやとあかんわ、助けて』って、涙ボロボロ流して言いました」と告白したまさと先生。さらに「特急列車が走っている時に『こんな荒んだ気持ちの時に、ポンッと飛び込んだりするんやろうな』と考えた」こともあると語り、極限状態にあったことを告白。しかし、「ただ、私は飛び込みません。ものすごい執念ですから」「絶対に残ったる」と芸人として生き残る強い意志を貫いたことが明かされた。

その後、まさと先生は「里見まさと・亀山房代」を結成し、1998年には「上方漫才大賞」を受賞するなど漫才師として再び成功を収めるが、2002年にコンビは解散。この時、50歳を迎え、自身の漫才人生を終えるつもりでいたまさと先生だったが、吉本興業の当時の常務から「ザ・ぼんち、復活してみませんか?」という提案が。この時の心境について、まさと先生は「漫才ってエネルギーいる。もう1回やる元気はその時なかった」と本音を吐露。それでも「会社からも言われているからトライしてみようか」と挑戦を決意したまさと先生は、「おさむさんのところへ1人で行きました」「どっちもギクシャクだった」と振り返りつつ、「4回目ぐらいにOKをいただいた」と再結成までの経緯を語る。

そして、2002年に再結成を果たすも「16年のブランクで漫才が超ヘタクソ」という厳しい現実に直面。「1回やめた昔のネタを50歳過ぎた人間がやってもウケない」「劇場にトリで出ていたのが、だんだん(出番が)前になっていった」と語るなど、再び苦しい状況に追い込まれていったとか。

そんなザ・ぼんちに転機をもたらしたのが、当時30代だった女性マネージャーの「一から漫才を作りましょう」という言葉。これをきっかけに、若手と同じ土俵でやり直すことを決意したというまさと先生は、「2年間くらい頑張って、60歳前にネタができてきた」と振り返り、60歳で3都市ライブをやった頃には「今の形の原型にはなっていた」と語る。

さらに若手のライブにも積極的に参加し、「ウケているとこだけを残していった」とネタをブラッシュアップ。おさむ先生は「負けへん絶対。気持ちが違う。腹くくってるでぇ!」と若手のライブに次々と参戦していた当時の思いと覚悟を見せた。

そして、昨年には『THE SECOND 2025』決勝進出を果たしたザ・ぼんち。「楽しかった」「細胞が若返るような感じ」と語るなど、ベテランながら新たなステージで手応えを実感した様子を見せた。一方、今はほかの目標があり「そっちを獲りにいきたい。二兎を追う者は一兎をも得ず」と語ったまさと先生は、「『上方漫才大賞』を再結成しても獲りたい」と新たな目標を発表。スタジオでは「すごい!」「絶対獲ってほしい」と感嘆の声が。

授業の最後には、波瀾万丈な漫才人生を歩んできたザ・ぼんちが伝えたい人生の教訓も。芸人としての執念と再起の物語にスタジオが大きな感動に包まれた本編は配信後7日間、無料で視聴可能。

(C)AbemaTV, Inc.

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